そして誰もいなくなった。

書評、エロゲ―の批評等しています。感想、考察は基本ネタばれになります。閲覧にご注意ください。

<<感想>> 「BADON 3巻」

 

 

今を生きていく中で、人生の楽しみの一つを挙げてくださいと言われたら、「半年に一度BADONの新作を読むことです」と言ってしまうくらい、この作品が好きだ。

 

もちろんのこと発売日当日からツタヤをチェックして、まだかなまだかなと楽しみにしていたのだが、結局丸善の方が早く並びそうだと思い立って店舗を覗いたところ、発売日翌日には見事店頭に並んでいたのでgetした。店舗の検索用のタブレットには在庫6冊ですと表示されているくせに、平済みしていたのはあと一冊だけだった。その最後の一冊を見つけたとき在庫の少なさに驚いたが、その幸運に俺は神を祝った。

 

...とまぁそのくらい好きな作品なのだが、思ったよりもブログに感想とか上がっていなくて驚いた。(おそらく書評メーターとかには上がっているのだろうが)それなら俺が書くことに意味あるな、と思った次第で文字起こししている次第です。

 

オノ・ナツメ氏のACCAは漫画的な構想の面白さがあったが、BADONはもっと人物よりの面白さが際立つ。3巻で言えば「友達」という主題がベースにあったと思うし、そういう人間の普遍的な関係性や夢などを描いている印象だ。

 

英国紳士、高級たばこ店、マフィア、経営、お酒、美味しそうな料理、人間関係の普遍的なテーマ(友情、償い...など)を描いていること...

 

こんなキーワードにピンと来た貴方はこの作品を買わなければならない。

 

ただ、こんなキーワード好きな人って割合低めな感じがするので、ざっくり言うと、小説を読んで面白いと思う人はこの作品も好きになれるかもしれない。アクションとか戦闘シーンが出てくるわけではないので、そういう刺激的要素が好きな人にとってはつまらない印象を持つかもしれないけど、特段そういうジャンルが好きなわけではない人にはお勧めしたい作品です。(プリミエラのみんなは仲良しなので殴り合いはしません。)

 

 

それでは感想を書いていきます。(ネタばれ注意)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2巻、3巻を読んで、ストーリーの構成の組み方がうまいな~、と思いました。大枠の核となる一個のストーリーの中に、プリミエラのメンバー一人の過去回想と、そのけじめ、結末が自然に組み込まれており、同時並行で物語が進んでいるためか、そのバードンという箱の中で本当に時間が進んでいるんだなぁと感じてしまう、自然な作りになっていました。

 

そして今回は新たに登場するキャラクターとして、リコ・ダイスのなじみの税理士が登場します。税理士事務所に勤めている身としては、こんなカッコいい世界の中に税理士が登場するのがとてもうれしいです。

 

そしてその税理士というキャラクターが世間一般の税理士の認識像みたいに見えて、興味深い側面があります。

 

ビジネスマンのようなスマートさがそこまで感じられず、ざっくばらんとしたもの言いの、固い印象を持つ人物像になっていました。良く言えば専門家っぽい。悪く言えば頑固おやじと言ったところでしょうか?

 

そしてただ専門家っぽいというイメージだけではなく、その根底には人情味を感じられる人物像になっていて、なるほどこれが世間一般の税理士像なんだろうなぁ、と思いました。そしてこれは私がカッコいいと思う税理士の姿でもあります。

 

 

それでは、印象に残ったシーンを振り返りたいと思います。

 

 

 

 

1.よその家庭で昼飯をご馳走になったハートが、仲の良い家族を目の当たりにして語った一言。「自分のクソのような家族を思い出して感慨深い」

 

エルモ、ラズががクソだったよ、と発言する流れで、最後にリコが新聞読みながらうちも「クソだったよ」と発言する流れが、ユーモアが利いてる。

 

 

 

2.老舗たばこ店「タットラー」の若き後継者、レニー・タットラーが、同じく富裕層子息の友人との集まりの中で、「レニーも切りのいいところで畳むつもりだろ、退屈しのぎの経営ゲームさ」と言われた時のレニーの表情。

 

一読目読んだときは、レニーもそういうもんなんかなと思って読み進めていたが、再読して読むと、あの表情には別の複雑な心境があったんだなと読みとれる。あの顔の構図というか、表情の描き方はうまいなぁーと感心してしまう部分である。

 

 

 

3.道端でばったり会った洋菓子店ハチクマの店長ドナから、今までどうやって女性を口説き落としていたのか私に試してみてよ、と提案されたリコが「本心から近付きたいと思っている相手には、何も出来ないんですよ」と言って、そのあと少し膝をかがめて、ドナの真正面に目線を合わせたあと「...みたいな感じですよ」とほくそ笑むシーン。

 

これはちょっと真似しちゃいますわw

そういう茶目っけがあるところも、大人の魅力の一部なんだと思う。

 

 

 

4.プリミエラを見物に訪れた税理士が、顧客の一人であるタットラ―の一族と偶然はち合わせて、その一族の退出後リコに「お前の素姓を知っているのか?」と言ったシーン。

 

「消せない過去についてか?」と言ったシーンでの税理士の表情が一読目では理解が及ばなかったが、再読してみると、「もともと囚人だったと言われたら困る」と言う意味でのあの表情だったのか、と理解が及ぶ。本巻でも説明済みだが、税理士としては顧客に囚人だった奴がいると知られてしまっては、営業上の信用失墜になるため知られてしまったら困るのだ。あの研ぎ澄まされた視線の鋭さにはそのような意味があったのだと思うと、深いなぁと思う。だからそのあとエルモが「仲悪いんだな」と言ってはいたが、おそらく単純な意味で仲が悪いということではなく、なんか歯車の合わない、どちらも本心をさらけ出せていない、そういう意味での気まずさだと私は解釈した。

 

 

 

5.たばこ業界の関係者が一堂に集まるパーティーでハートが、同伴者は美人が良いとたばこ職人ナッティから教わったので、ドナを連れてきたと何気なく言うシーン。

 

ちょっと照れくさそうにドナが「さらっと言ってくれるじゃないの。ヤッカラ流?」と尋ねた時「おかしなこと言ったか?」と反応するハートの生真面目さが面白さに繋がっている。そしてそのあとすぐ近くのたばこ職人から「案外女の扱いはお手の物か?」と話しかけられ「おかしなことは言っていない」と切り返すハートの反応。笑いを二度被せてくる高度なテクニックw

 

 

 

6.上記パーティーでレニーが、ハートらとの乾杯のあいさつに「たばこ業界の未来に」と言ってグラスを掲げたシーン

 

二重の意味で面白い。レニーはたばこ業界の未来を憂いており本心からこの業界をよりよくしたいという意味だったから乾杯のあいさつはコレになったし、ハートらから見れば、もともと闇たばこの製造に加担していたたばこ職人から一部商品を仕入れているため、業界のために手を引いてくださいと意味で乾杯のあいさつを受け取っていたに違いない。

 

 

 

7.リコは過去の自分のどこか嫌いだったのか?

 

はっきりと明示されているわけではないので主観的感想になるが、おそらくリコは自分の人生に虚無感、喪失感を感じていて、つまり生きがいがないわけだ。とはいっても勉強は好きだったみたいなので、喪失感とはいっても悲愴的な意味合いは薄く、もう少し軽いものだろう。そんな中、女性たちを騙して上手く利用することで「いつまでその日暮らしが出来るのか」というゲームに面白味を感じて、限界までその生活を続けた。ある意味それは生きがいとも言えるのかもしれない。その後その犯行がばれて訴えられ、法廷で今までの犯行をすべて話した。その不倫の事実を公に公表することこそが、相手に迷惑をかけるという意味で一番重い罪、だったはずだが、刑務所には「出所したら連絡してね」というメモが挟まっていた。おそらくそのメッセージを読んだ時、彼の生きがいだったそのゲームがそもそもゲームとして成立していなかったことを知り、俺の生きがいにしていたものは、スリリングだと感じていたものは、虚構のものだったのではないか、と。相手から求められていることが分かるからただそれをやってきただけなので、本当の自分はやりたいことのない空っぽで、その事実を突き付けられた気がして、その時、深く自分のことが嫌いになったのかもしれない。

 

 

 

8.エルモとリリーが料理本を眺めながら「コレ美味しそー!」「...今月使える食費を超えます」「じゃあコッチ!」と言うシーン。

 

単細胞的反応をするエルモが面白いしかわいい。

 

 

 

9.書店に寄った帰り道、リコが学校に通いたいときは遠慮せずに言ってね、と言うが、リリーはその気は無いようだ。「せめて同世代の友達が作れるといいな」と独り言のように呟いて、「友達ってやっぱり必要なものですか?」とリリーから尋ねられた時「俺はそう思うよ」と語りかけるシーン。

 

本巻の主題である友達というキーワードにリコが答えているシーン。これの面白いところは、本巻の初めの方からリリーが学校に通う気は無いことは作中で明らかにされているところだろう。本巻の主題である以上、どこかしらでリコがそのことについて触れる必要がある訳だが、それがこんな自然な形で触れられているというところは、奇跡的というか。上手い!と舌を巻く他ない。

 

 

 

10.アレン・グースとの再会を知ったレニーの祖父から、レニーに所感を語ったシーン。「...ひとつ私が勝手に感じたことだが、彼が心配していると言ったのはお前のことかもしれない。レニー」

 

本作で一番心情を読み取りにくいのはグースだろう。ひとつひとつの言動を紐解いていこうとした時に、「レニーが心配である」という視点を持てば、彼の行動の理解が進む。

そして、昔友達だったものが今現在も友達とは限らない、ということを示唆するシーンも興味深い。それはまた逆もしかりで、相手の中ではずっと友達ということもありうるのだ。

「私には計り知れないよ。生活が一変したんだ」

このセリフ、とてもカッコいい。

 

 

 

11.タットラ―の店舗で税理士とレニーが打ち合わせをするシーン

 

プリミエラについて尋ねられた時、正直に内情まで話してしまったことは、これはしょうがないことだと思う。タットラ―も顧客であるわけだから、相手がある程度調べを付けている状態では、信用問題上、正直に言うしかない。

 

 

 

12.「やり直すのだという意思を、私は受け取った」

 

はいきました大好きなところ。これねぇぇぇ,,,かっこよすぎません?俺も言ってみたいわ。

税理士はリコから電話が来ることはないと踏んでいたわけなのだが、というのも、自分の内情を多く見せてこなかったリコが、犯罪者というもっともプライベートな部分が明らかになったことから、知り合いに連絡をとるなんてことは予想してなかったからであろう。

しかしそれでも、自身の今の状況を伝え、共同経営者の罪状までも伝えたことに、本心からのリコ・ダイスという男を垣間見た気がして、力になろうと思ったのではないか?

「面倒事に巻き込まれる前に、私は退散しますよ」

この毒の利いたユーモアと、したたかさに税理士っぽさを感じるw

 

 

 

13.「友達.....、なってくれないか、もう一度」

 

昔、友達だったものと友達に戻りたいのなら、戻るのではなく、もう一度友達を始めるという観点は、私の今までにない視点だった。

友達と言うのは、同じような身分や雰囲気を共有しているから成り立つものなのではなく、興味関心が何かしら共通していること、それこそが友達になれる重要なファクターなんだと思う。

レニーとグースの共通の関心ごとと言えば、たばこだった。たばこを吸っている姿を子供ながらにカッコいいと思ったのかもしれない。それを象徴しているのが、大雪の次の日、ふたりで作り上げた立派な雪だるまの口元に差した一本のたばこに集約される。

 

 

 

14.「頼りにしてる」

 

プリミエラの助けになれるように、先行していろいろと手を回していた税理士。その行動の詳細を、コーヒー片手に目を閉じて聴いていたリコはどんな気持ちだったのだろう。

私は、前から「信用」とか「信頼」とか単語なんか嫌いで、今振り返ってみるとその言葉が薄っぺらいのだ。どっかのビジネスパーソン(笑)が「信用第一!」「今までの信用を築き上げた結果だ」というのをさんざん聞いてきたためか、額面通りには受け取るが、あぁはいはい、って感じになっていた。

そんな意識の中で、読んだこのキーワードは一読目ながらに深く得心がいった。「頼りにしてる」という言葉の中には、

「良い結果になるように考えをめぐらせて、率先して行動してくれる」

という意味が含有していて、それこそが社会でお金を貰う上で必要なことなのではないか、と思った。そしてそのことを「信頼」と言い、それを積み上げたものが「信用」になるんだと思う。まぁでも信用、信頼なんて言葉は気持ちの入らない、実体の入らない言葉に思えて私は率先して使いたくないけどね。

世の中の税理士はこの境地こそがあるべき姿なんだと私は思う。

また、会話の糸口にさくらんぼをプレゼントすることも上手いと感じた。ここでさくらんぼが繋がってくることもさることながら、お互いの思っていることを吐き出す糸口でもその演出は上手い。

そして、税理士が店のハガキを持ってこいというシーンがあるが、なぜ顧客に知られたくなかった税理士がそのような事を口にしたのだろうか、という点だが、その「頼りにしている」と聞いた時、ある意味自然にそれを実行していた税理士にとっては顧客のためにすることは当たり前だったはずだから、そう面と向かって言われたとき、素直にうれしかったのもあっただろうし、そしてその姿に友人だった頃のリコを感じ取って、純粋に力になってあげたいと思ったからなのではないか、と思った。

 

かつて友人だったものが友人でなくなって、再び友人となった。共通するのは、自分の思いを口に乗せること、自分の心を開く事なんだと思う。